関連記事の紹介

 第6回よい音チャットで穴澤健明氏が紹介された、雑誌NATURE INTETFACEの記事をご紹介します。発行元のウエアラブル環境情報ネット機構(NPO法人WIN)理事長、板坂清氏東大名誉教授と執筆者穴澤氏からご許可をいただいております。 


音情報のデジタル化の半世紀

残された4つの課題

著 穴澤健明氏

       日本オーディオ協会諮問委員

       株式会社ビットメディア顧問

     『NATURE INTETFACE』編集委員


 出典:NATURE INTERFACE  2015 Dec. No.065  pp.08-09


  音情報のデジタル化は、1960年代中頃に本格的な実験が開始されて本年は50年になる。この間に発生し、現在まで残されている4つの課題について紹介する。課題は「大音圧からの聴覚系の保護」「ハイレゾは本当に良い音なのか」「自然な音像定位の実現」「著作権保護」にある。

 現在のオーディオ機器は、ほとんどデジタル機器となっている。音をデジタル化し、レコードの回転ムラなどによる音質の劣化をなくそうという実験は1960年代中頃から始まった。ちょうど半世紀前には日本放送協会がモノラル録音機を開発、その後現在の家庭用VTRと同様の回転ヘッドを用いたPCMPulse Code Modulation)ステレオ録音機を完成し、72年には日本コロムビア(現デノン)が放送用2インチVTRを改造した録音機を完成している。

 それから約50年。デジタル化によって新たに生まれた課題で、まだ解決していない課題を紹介する。

 

大音圧からの聴覚系の保護~世界的な音圧規制の動きについて~

 

 産業分野では、工場内騒音、船舶機関室内騒音などでの大音圧による聴覚障害が発生し、その対策が実施されてきた。音楽関連分野でも、古くは蒸気機関の発明とオルガン他の送風機での利用、金管楽器の改善などの場面で、音量の増大が起きた。最近では音楽再生システムや拡声システム、イヤフォン、ヘッドフォンの大音圧からの聴覚系の保護が緊急の課題になっている。ヘッドフォンステレオは、1998年に携帯オーディオ機器の最大音圧レベルの上限を100dB SPLSound Pressure Level)とする音圧規制がフランス国内法で成立し、2000年以降CENELEC(欧州電気標準化委員会)などの欧州規格で音圧規制が成立している。今後、日本でも大音圧聴取の危険性を周知徹底させるとともに、音圧規制の世界的な動きに積極的に関与してゆく必要がある。

 

更なる音質の改善~ハイレゾは本当に良い音なのか~

 

 オーディオの音質改善は、まず可聴範囲を満足するため伝送帯域の拡大が行われ、その後各音響機器の高調波歪の改善が行われた。今から半世紀前には、ワウフラッタ(Wow and Flutter)と呼ばれる回転系を持つ録音再生系での回転ムラなどによって生じる変調雑音を低減するために、デジタル録音の実験が始まり、1972年には制作現場でデジタル録音が実用化された。その後、CDCompact Disc)などの普及によって、安価で精度の良いアナログとデジタル信号間の変換用半導体チップが普及した。これを受けてデジタル系での雑音を低減し伝送帯域を拡大する「ハイレゾ」(High Resolution:高解像度)を提唱する動きが出ている。

  雑音の低減は良いとして、伝送帯域の拡大については、耳に聞こえない高い音を伝送する必要があるのか、そんな音を聞かされて問題はないのかといった基本的な事柄を検討する以前に、まず解決すべき問題点がある。

  多くの高音域スピーカに高い音の信号を加えると、スピーカでの電気音響変換時に歪が発生し、加わった高い音間の差分信号が低い音となって聞こえる。これは混変調歪と呼ばれ、加えた高い音が聞こえない人でもこの歪を聞くことができ、まず混変調歪の発生しない系を確立し、本当に可聴域外の音の伝送が必要なのか調べる必要がある。

 

自然な音像定位の実現~忘れられた音場再生に朗報~

 

  45年前に、「サラウンド再生、4チャネル」などと呼ばれるスピーカの数を増やし、演奏会場他での雰囲気を再生する「音場再生システム」が提唱された。4チャネルは失敗に終わり、その代わりに音楽的伝統のないハリウッドの提唱する映画館での音響システムを模した「5.1チャネルサラウンドシステム」が提唱され、ハリウッド映画などの家庭での鑑賞に使用されてきた。

  最近、忘れられた音楽の音場再生に、朗報がもたらされた。第66回WIN定例講演会で伊藤信貴氏は、残響除去技術を述べられた(*1)。この技術を利用し、分離した残響を有効活用すれば、既存コンテンツからの演奏会場やライブハウスの雰囲気を模した音場再生の可能性が出てくる。その内容を図1に示す。

  ヘッドフォンステレオの普及とともに、ヘッドフォンで音楽を聴くことが一般化してきた。しかし、この音源は、スピーカで再生するための既存楽曲を流用している。第66回WIN定例講演会で東京藝術大学の亀川徹氏は、ヘッドフォン受聴は、実音源受聴と本質的に異なると述べられた(*2)。ヘッドフォンステレオでは、頭の中に音像が形成される頭内定位現象が起き、自然環境とは異なる圧迫感が再生音に伴う。この問題を解決するためには、新規に制作するか、既存の音源に信号処理を加えて配布するか、再生時に信号処理を行う必要がある。この処理に役立つのが頭部伝達関数(HRTF)を用いたデジタル信号処理による仮想音源生成技術である。その活用例を図2に記す。

 

 

著作権保護の過去と将来~新しい著作権保護の世界~

 

 音質劣化のない小型デジタル録音機が登場した1980年代の半ばにいわゆるDAT(Digital Audio Taperecorder)問題が発生した。当時エアーチェック(放送番組の録音・録画)が一般化していため敏感な問題になった。これは、「子供は作れるが、孫は駄目」という形で一応の決着を見た。今後は、基本的人権の一部をなす著作人格権の保護と公開鍵基盤(PKI : Public Key Infrastructure)などによる情報流通の安全基盤の構築が必要とされる。

 

 

(*1NATURE INTERFACE No.65 2015 Dec.  pp.14-16 参照

(*2)同 pp.12-13参照

 

 

 

 穴澤 健明氏 (あなざわ・たけあき)

 1969年早稲田大学大学院音響学専攻修士課程修了、70年日本コロムビア株式会社入社、同社録音部で録音機器の開発に従事、1995年同社取締役に就任、00年退任。92年デジタル録音実用化の功績によりAESAudio Engineering Society)シルバーメダル受賞。日本オーディオ協会諮問委員、株式会社ビットメディア顧問、「NATURE INTERFACE」編集委員などを務める。