第3回よい音チャット

 

日時:2016年9月14日(水) 13:30~15:30

場所:NHラボ㈱本社(中島代表自宅)

 

参加者

 中島代表:NHK技術研究所所長、ソニー㈱常務取締役・技術研究所所長、アイワ㈱社長、㈱スタートラボ社長、ビフレステック㈱会長を歴任。現NHラボ㈱代表取締役。CDの生みの親。

 

和田守弘氏:元フォスター電機㈱でスピーカ設計業務に従事。主に特機部楽器PA用スピーカ設計業務を担当。その後フォステクスに移り、スピーカを中心としたサービス業務を長年務め退社。現在はサウンドブリッジ代表。特機関連の業務を行う。

 

瓜生勝:元ソニー㈱。長年スピーカやヘッドホンを中心とした音響材料の研究開発と商品化に従事。バクテリアセルロース(バイオセルロース)を用いた振動板、ソニーのプラスチック振動板の主流となったHOP振動板をはじめとするさまざまな振動板の開発を行った。ソニー退社後、ビフレステック㈱勤務を経て、現NHラボ㈱取締役。

 

茶谷郁夫:元ソニー㈱。スピーカ一筋のプロフェッショナル。スピーカユニット、キャビネット、スピーカシステムなどスピーカに関するあらゆる研究開発と商品化に従事。ソニーで長年温めていたたまごスピーカのコンセプトをビフレステック㈱で商品化。現在取締役を務めるNHラボ㈱では、さらにたまごを温めて次のひよこの誕生に思いを馳せている。

 

 

はじめに

 

今回はスピーカユニット、振動板・新材料というテーマでスピーカの専門家の方々にチャットをしていただきました。チャットは多岐にわたっていましたので事務局で発言順ではなく、テーマごとにまとめました。

また、和田さんのご出身のフォスター電機㈱とソニー㈱とはスピーカに関して長いお付き合いがありました。それを念頭に置いてチャットをお読み下さい。(事務局) 

 

 

スピーカ工場

 

中島:フォスター電機の吉祥寺工場にソニーが開発中のオールトランジスタラジオTR55のスピーカを作ってもらえないかと頼みに行ったことがある。開発中のTR55は解決すべき3つの大きな課題、スピーカ、バッテリー、バリコン、があった。スピーカの問題はTR55の厚さ30mmの筐体に入るスピーカがソニーには無いことだった。当時自分はNHKの人間だったが、ソニーの井深さんに個人的に頼まれ、フォスター電機の篠原氏(社長)に開発のお願いに伺ったところ、篠原さんが心安く引き受けてくれた。おかげでTR55は良く売れた。お礼に篠原さんにご馳走になったことがある。その頃篠原さんは、スピーカをやるなら振動板をやらなければだめだ、といわれていた。後日NHKからソニー移り、甲府にスピーカ工場、オーディオリサーチ、を作るときに最適な人材の派遣をふくめて、篠原さんには大変お世話になった。

 

和田: 当時のコーン紙工場は多摩川の近くにあり、下水の汚水処理施設が完備されていなかったので、パルプの排水が多摩川に流れないようにと指摘を受け巨額を投じて浄化装置を作ったが、その直後に市の汚水処理場が完備されたので排水の心配が無くなってしまった。その後、工場はすべて海外に移った。

 

中島:コーン紙を作るためには水が良くないとだめ。オーディオリサーチは水を考えて、甲府の笛吹川近くに設立した。毎月1度オーディオリサーチ(スピーカ工場)に行って、まず笛吹川の水を飲んだ。

 

和田:昭島工場では地下水からの上水が工場に供給されていたので、来社した外国人が「ここの水は美味しいと」言いながら飲んでいたことがある。

 

中島:フォスター電機の深圳工場を見学したことがある。オーディオリサーチを作った時は水はけのことに苦労した経験があったが、その深圳工場はアンプを作る製造ラインのような美しさでコーン紙を作っているのにびっくりした。黄河や揚子江の水を見ると黄色く濁っていて、あんな水でスピーカが作れるものかと言ったら、地下を掘るときれいな水が出るので大丈夫とのことだった。

 

瓜生:中国のM電機の工場でも井戸を掘って地下水をくみ上げて使っていた。 工場周辺の川はどぶのようだったが。

 

振動板材料

 

中島:振動板は最終的に紙がよいのか? 最近は薄くて丈夫な紙があるようだが。

 

瓜生:ナノセルロースで作った紙は高い弾性率を示す。光の波長より短い繊維ができ透明なものもある。バイオセルロースの延長線上にナノセルロースがある。バイオより強いというデータも発表されている。

 

中島:材料物性のデータは大丈夫か? 測定方法は正しいのか?

 

瓜生:現状では各社で測定方法が異なり、共通基準となる測定方法はない。しかし、公表されている叩解度と密度の関係は参考になる。紙は分子が同じであれば、次の抄紙プロセスで構造を工夫し最終的な物性を変えることができる。木材パルプをはじめとして天然繊維は音響材料に必要な剛性、内部損失などのバランスが良い。音作りには紙は適している。カーボン繊維は高い剛性率を示すが、折れに弱いなどの弱点があり、紙と混ぜて使うのはなかなか大変だった。

 

茶谷:今日はホーレー社のコーン紙とキャップを持参した。(参加者に実際に紹介した) コーン紙の両表面は固く、中は普通のコーン紙、という3層構造をしている。指で叩くと乾いた「いい音」がする。なかなかこの音が出ない。ホーレーのコーンやキャップを分析してコピーを試みたことがあるがかなり大変だった。

 

和田:ホーレーのコーン紙を楽器用スピーカで使用した経験があるが、量産品のばらつきが大きかった。OKとした試作サンプルと量産品とではプレスの具合や含侵が異なり、改善要求を出したがなかなか対応してもらえず苦労したことがある。

 

瓜生:ホーレーの振動板は硫化染料(酸化系)を使用しており、振動板の色が経時変化しない。一方日本製振動板には直接系染料を使っていたので色が変わってしまった。ホーレーのコーン紙を徹底分析したが、ニトロセルロースやロジンなどが含侵剤として使われていた。日本のM電機はホーレー社の技術を導入して振動板を製造した。

 

瓜生:音楽とともに振動板材料が変わっている。 昔の古いスピーカは古い音がする。

振動板材料をいろいろ検討したが、残っているのは紙ぐらいしかないのかなと思う。その時代に合っている音作りをその材料を使ってできるのかがポイント。紙ならある程度のデータがあり多様性を生かせる。

 

和田:私は金属振動板も扱った。マグネシウムでTW MID、フルレンジを商品化した。さらに材料だけでなく形状も工夫している。マグネシウムを成型にするには、従来とは別の技術が必要で、昔のコーン成型技術ではできない。

 

中島:カーボン繊維をスピーカ振動板に応用するために、故井深さんと東レを訪ねたことがある。入手したカーボン繊維を紙に混ぜようとしたが、ピンととがっておりうまく混ざらない。そのためか、理屈ではカーボン繊維を入れることでコーン紙の剛性が5割上がるはずなのに1割くらいしか上がらなかった。カーボン繊維を混ぜた紙で年賀はがきを作ったことがある。宛名を5枚くらい書いているうちにボールペンが調子悪くなる。全部書き終わる頃にはボールペンを20本くらいダメにした。そんなこともあってカーボン繊維から興味が失せた。しかし、最近ではナノカーボンとやらがあり、また興味を持っている。

 

茶谷:カーボン繊維をパルプなどと複合するには表面処理が大切だったと思う。最近は表面処理技術が発達してきている。

 

和田:私もカーボン繊維をコーン紙に使った時に、カーボンが導電性を持っているために、入力信号がコーン紙でショートしたことがある。楽器用スピーカとして良かったが、パワーを入れた時の安全性に問題があった。

楽器用スピーカのコーンは現在も紙が主流。アルミ振動板も存在するが、特に楽器の老舗メーカはオーソドックスな紙を好む。

 

事務局:ヤマハのNS-10Mのウーファ振動板は一枚のシートからコーン形状を作っているが、あれはどうなのか?

 

和田:昔の楽器用スピーカでは張り合わせコーンを使うことが多かった。コーン形状は容易にできるが、その後の成型、含侵のプロセスはなかなか難しい。

 

茶谷: NS-10Mは中々よくできた紙だと思う。コーン紙材料をシート状に均一かつ大量に作ることができ、特性が安定していた。叩くとホーレーと同じように乾いた「いい音」がした。問題はストレートコーンしかできない点だと思う。

 

和田: NS-10M式の振動板はコーンにつなぎ目があるために、抄紙コーンと共振モードがちがうが、それが楽器用スピーカには良かった。楽器やPAは業務用に使われるので、スピーカが鳴らなくなったらそこでイベントが終わってしまい、大変なことになる。そのため設計も、音よりまず壊れないことを最優先とする。ハイファイスピーカの設計とは全然違う。耐久性(耐熱性)向上のために、ボビンも、アルミやマイカほかいろいろな材料を検討した。

 顧客は基本的に国内の全楽器メーカが主で、海外からの引き合いもあったが、買値が安く値段が合わないことが多かった。

 最近ではお客がユニットの特性のことはあまり言わなくなった。パソコンソフトやデジタル信号処理回路でスピーカの特性をいろいろ補正できるようになり、スピーカ技術屋が失業の危機に面している。しかし、スピーカユニットの特性が良ければ、後の補正が楽なはずだが。

  

茶谷:ナノ繊維の振動板のスピーカを試聴したことがあるが音が良かった。繊維がしっかり絡んでいるような音だった。ナノ繊維をほぐせるようになったが、紙に抄くのは大変だと思う。本当のナノの良さはまだ出ていないかもしれないが、今後に期待している。

 

バイオセルロース

 

瓜生:バイオセルロースを使った振動板をヘッドホンに最初に使用した。(198812月 ソニーMDR-R10 定価36万円)

 

和田:バイオセルロースを使って、10㎝フルレンジスピーカをフォステクスブランドで商品化したところ、なかなか良かった。限定生産商品でバイオダイナと名付けて世に出した。

 

瓜生:バイオセルロース振動板は繊高研、味の素、ソニーの共同開発で実用化した。

 

茶谷:バイオセルロースをスピーカユニットのツイータに使ったことがある。

 

プラスチックコーン

 

茶谷:ヨーロッパではスピーカメーカがプラスチック振動板で多くの良い音のスピーカを作った。成型で振動板を作るので大量生産に適した材料と製造プロセスである。

  

瓜生:オーディオリサーチがまだソニー傘下のころ、敷地内の掘っ立て小屋にPOM(ポリアセタール)ウイスカー合成装置を作り振動板を開発した。その後、1980年台後半からHOP(High Oriented Polyolefin)振動板を世に出して20年以上続いている。ソニーのプラスチック系振動板として最も多量に使われた。成型機は住友重機製で価格は千数百万円した。HOP振動板の量産化を手掛けたM電機はその成型機を10台ほど購入した。以前ソニーは住友重機からCDの成型機を数多く購入しこともあり、両社は良い関係があったので、HOPの成型機に関して協力してもらうことができた。

 

茶谷:HOPは振動板材料として面白い素材だった。物性的にもよいが、スピーカにした時の音色が他のプラスチックコーンと違い、中域が明るく、いわゆる「売れる音色」だった。ミニコンに大量に使われた。

 

瓜生:HOPはボイスコイルやエッジとの接着が難しかったが、POM開発時に確立した表面処理技術(コロナ放電処理)を応用することで接着も可能となった。

 

これからの素材

 

和田: 石と何かで紙を作る技術があると聞いたが。 

 

瓜生:鉱石を砕いてオレフィン系プラスチックに混ぜ、薄いシートにして紙の様にするようだ。 耐湿性が高く水の中でも文字が書けるそうだ。

他には、ナノ繊維に着目している。またスパイダー繊維(クモの糸)も面白い。現在は高価だが、絹より強いので、ソフトドーム振動板として絹布を使っているところで代わりに使うと良いものができるのではないだろうか。

 

茶谷:クモの糸でバイオリンの弦を作り音が良かったという記事がJASジャーナルに出ている。

 

いい音の振動板 

 

茶谷:いい音の振動板は、繊維状のものがランダムに入っていてしっかり絡み合っているように思う。

 

和田:振動板はボイスコイルの振動をどの様に伝えているのだろうか?

 

茶谷:あと、きれいに層になっているものもよい。マイカやカーボングラファイトを素材とする振動板は層を作っている。 バイオセルロースも成型するときれいな層になっている。

  

瓜生:紙も層を作る。

 

茶谷:層にすると、強いところと弱いところがあり、粘性もあるので、全体として強いわりにQが低い(内部損失が大きい)。こういうのが良い振動板だろうとずっと思っている。

 

瓜生:紙幣も何層にも分かれる。素材は和紙だが。

 

和田:楽器用スピーカを開発するとき、あらゆる材料を検討した。昔からあった和紙も検討したが、振動板に成型した時に張りがなく、振動板としては全然良くなかった。層になった振動板は今までの紙から作る振動板の完成形と考える。どのようにして層構造にたどり着いたのか、その完成度の高さがしゃくにさわる。

 

茶谷:ホーレーのコーン紙は良くできている。それをスピーカユニットに使ったJBLには耳のいい人がいたのだろうと思う。何度も作りなおして最終的に7DF(ホーレー社の商品番号)になっていったものと思う。JBLは7DF以外にも何種類も振動板を持っていて、それぞれ特色のあるいい音がしている。

 

瓜生:ホーレーの振動板の対極にあるのがクルトミュラー社の振動板だと思う。

 

茶谷:クルトミュラーのコーン紙も面白い。いい音色をしている。

 

和田:私も実験として扱ったことがある。

 

瓜生:ヨーロッパではクルトミュラーのようなソフト系の紙が多用され、それがプラスチックのPP(ポリプロピレン)振動板へ発展していった。一方、アメリカではホーレのようなハード系が好まれ、プラスチックでは強靭なケブラーを使うようになった。 

 

ダンパ

 

茶谷:コーンやエッジは外から見えるある程度様子が分かるが、ダンパはスピーカユニットの内側に入っており、外から見えない。ボイコイルのすぐそばにあって中で音を発しており、その音はコーン紙を通して外にも出ている。なので、ダンパの音も考慮すべきで、音で選ぶべきである。 そう考えるとダンパレススピーカも検討したい。市販品でエッジもダンパもなく、磁性流体で振動板を支えているスピーカがあるが、音は良い。 

 

瓜生:磁性流体については、スピーカ使用中に磁性流体が磁気回路から飛び出てしまうトラブルを経験をしたことがある。

 

茶谷:ダンパは使っているうちにエージング効果が進むが繊維の接着部が緩むためと思う。

 

瓜生:綿布にフェノールを含侵したダンパは温度による特性変化が少ないが、使用していると接着点が壊れることがある。

 

茶谷:ダンパの素材として綿布より丈夫なケブラーがあるが接着は大丈夫だろうか?

 

和田:楽器用で耐パワーを考慮してケブラー素材のダンパを作ったが、大パワーを入力していると、繊維自体よりも接着部が先に壊れる。ある物性に優れた材料を使うと、その材料以外のところが問題になることが多い。カーステレオ用スピーカも同じことが言えた。いい材料が見つかっても量産化にこぎつけるまでは大変な労力を要する。

 

磁気回路 (マグネット)

 

和田:入社当時社内ではアルニコマグネット高騰のため、フェライトに設計変更する作業に注力していた。(1970年台後半)OEM先からも次々に仕事が来た。しかしフェライトの音はアルニコより悪かった。JBLはアルニコを使い続けるように見えたが、突然、音質の問題を磁気回路構造で開発したと説明し、アルニコからフェライトに切り替えた。その後ネオジウムマグネットが使われはじめ、磁気回路が扁平になったため、カーステレオ用スピーカなどには好都合だった。

 

茶谷:ネオジウムマグネットの音は良かったが、軽くなったので音にその影響がでた。その後ネオジウムマグネットが不足し、フェライトマグネットに設計変更したこともあった。ネオジは一時価格が高騰したが、現在は値段も大分元にもどったようだ。

 

液体窒素で冷やす

 

茶谷:最近、液体窒素で冷やしたCDの音を聴いたが、冷やさないものと比べ音がちがう。いい方向に変わっているように感じた。 

 

中島:CDを氷枕で冷やしても音が良くなる。常温にもどすと音も戻るが。

 

茶谷:電線やパーツも低温で音が変化する。こもった感じが取れてすっきりしてくる。

 

瓜生:ほんとかな? 物性が変わる温度領域(一般に高温)なら話は分かるが、、。

 

茶谷:高い温度で変わることは理解できるが 低い温度で変わる理由はなんだろう?

 

スピーカユニットとDSP補正

 

和田:基本的に特性のいいユニットがあれば何をするにも便利。 

 

茶谷:これからは最終特性重視になるかもしれない。最近のDSPが良くなり、昔のようなDSPによる音質劣化は少なくなったように感じる。

 

和田:海外のスピーカシステムメーカのエンジニアはネットワーク(スピーカ内の電気回路のこと)を使いこなしている。

 

スピーカを聴いたことのない若者

 

和田:前回のNHラボセミナーで講師の細尾氏が、「最近の若者の中には、ヘッドホン・イヤホンは聞くが、スピーカで聞いたことがない人がいる」と紹介され、ショックをうけた。

 

瓜生:確かにヘッドホンユーザが圧倒的に多い。

 

茶谷:ヘッドホンの方がスピーカより良い音と言われたことがある。

 

瓜生:ヘッドホンでもコンサートの雰囲気が分かる。

 

和田:自分の好きなミュージシャンの音は何で聞いてもよい。

 

中島:ヘッドホンはひずみがない。

  

茶谷:スピーカ屋としては、ヘッドホンとは別の楽しい世界があるということを信じてやって行きたい。

 

****以上*****